帝国ホテルのアイスクリーム
私がこの仕事に取り組む姿勢を変えてくれた忘れられない分岐点の葬儀があります。十数年前のお話です。
お父様を亡くされた、あるご家族の葬儀の打ち合わせのとき、ご家族の方から、「父は昔、大阪への出張が多かったのですが、その出張帰りに当時、ビュッフェとして入っていた新幹線の車内食堂に入っていた帝国ホテルのアイスクリームが好きだったようで、亡くなる数日前にもう一度、そのアイスクリームを食べたい」と言っていたんです。というエピソードを聞くことができました。ですが、通夜、葬儀の準備などで慌ただしく、ご家族が用意する時間もなく通夜が明日に迫ってしまいました。
そこで、私は帝国ホテルに連絡を取り、アイスクリームを取り寄せれないか聞いてみる事にしました。連絡を取ってみますと、確かに当時、新幹線の車内食堂で帝国ホテルは営業をしていてアイスクリームも販売していたとのことでした。現在、そのアイスクリームはインターネット注文できることがわかりました。ですが、注文をしても届くのは3日から6日後。。。
そこで、「実は私は葬儀社の人間で、亡くなられた方が帝国ホテルのアイスクリームをもう一度食べたかったということで出棺の時に一緒に納めてあげたいのですが、明日に間に合うように注文できないでしょうか」という話をさせていただきました。すると、帝国ホテルの担当の方がこちらの意を汲んでくださり、明日までにアイスクリームを届けてくれると言っていただけたのです!
4個セットのアイスクリームが通夜当日の午後3時ごろに届きました。ご家族様にそのことを伝えたときは本当に喜んでくださいました。私は「明日の出棺前のお別れの時に一緒に棺へ入れて持たせてあげてください。ただし、全部ではなく2つはお父様、もう2つはご家族で。お父様の好きだったアイスクリームの味を是非、一緒に召し上がってはいかがですか」とご提案させていただきました。
お通夜も終わり、参列者が帰られた式場に家族が集まりました。冷凍庫に入れておいた4つのアイスクリームが運ばれてきて、うち2つを開封しました。ご家族の方がかわるがわるお父様の唇にスプーンにつけたアイスを触れさせながら、娘様は「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。」と感謝の言葉をかけながら家族だけの最後の夜を過ごしていただきました。静まり返る式場の棺に近い位置に皆さまが座り、残りのアイスクリームを皆でとりわけ、亡き父の思い出話を楽しそうにされていました。
私はこのときに思いました。
「亡き方に感謝し、家族が良い思い出を共有する場。それが家族葬」
と考えるようになりました。
葬儀に際しては、ご家族ごとにテーマがあると考えます。
・最後に聞きたかった音楽を聞かせてあげたい。
・亡くなられた方をよく知る兄弟から亡くなられた方の昔話をお孫さんに語ってもらう。
・お孫さんが大好きだった祖父に折り紙をつくってあげたい。
・質素でいい。簡素でもいい。でも、ゆっくりとしたお別れの時間を取りたい。
等々、様々なテーマがあると思います。もちろんそのご家族によって内容は違います。同じものはひとつとしてありません。
私は、このご家族の担当させていただいたときに本当の家族葬を理解できた気がしました。
家族だからわかる、家族だから語れる、故人様のことは家族が一番よく知っているからこそ創り上げることができる。それこそが家族葬なんだと。
私はそれ以来、限られた時間ではありますが、ご家族のテーマを満たすお手伝いをすることを最優先に考えお客様と接しております。記憶に残るご葬儀の提案と提供は我々、葬儀社の使命だと思っております。
最後に、一流ホテルのホスピタリティの高さに感服するとともに帝国ホテルの担当者の方のご厚意には今も感謝しております。